Making Mushmans 【第三章】 〜内装着工〜

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Making Mushmans 【第三章】 〜内装着工〜

2009年8月1日

内装着工当日

ついにその日が来た。
9月5日にオープン日を設定し、内装工事が着工する。

これを決断してから半年近くが経過した・・・一度は全て消えかけた物が、もう一度形成されようとしている。 様々な方からのサポートを受け、ここまで来ている。

特に強靭なサポーターでありパートナーであるMushmans弟こと【東吾氏】は 私の弟である。
彼の力は、このMushmans立ち上げに際して非常に重要であったし、全てが消えかけたコレを再形成する事が出来たのは、彼の力があったからであろう。
本来フランスへ留学する筈であった彼は、それを一年先延ばしにしてMushmans立ち上げを手伝ってくれた。 これで私にとって万全の布陣が形成されたのだ。



HIGH-LIGHT菊池さんと実作業を段取る草加のダイヤリフォームさん、そして素人二人(私&弟)が繰り広げる 内装作りが今始まった・・・。

これから先お伝えするのは

コレがこうなり

これがこうなる

その過程の物語である。



初日に実施される作業は、低く事務所然とした天井を取り壊す作業。

天井を取り外す事で圧迫感のあったフロアを広く魅せる事が出来る。

この作業・・・甘くみていたが・・・







これが意外に大変・・・

スケジュールでは1日で完了させる必要がある作業であるのだが



右往左往する私→画像中央





画像右が私、左がプロ。

流石手際が違う・・・。



しかも天井裏に貯まったホコリが顔に直撃してくる・・・

マスク必要だったね・・・







天井に走るハリも撤去して、初日が終了

結構遅くなりました・・・





やっぱり、自分の店舗ですので 自分自身が汗まみれになりホコリだらけになりながら創り上げて行く(戦力外かもしれませんが)のは、本当に店舗に愛着が湧きます。
普通に工務店さんに発注してしまうと、施主が実作業に介入する事は難しい(邪魔なだけ)のですが、今回のように関わらせていただけたのは本当に良い経験になったと思います。

2日目以降がもっと大変・・・、次章をお楽しみに



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Making Mushmans 【第二章】 〜出会い〜

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Making Mushmans 【第二章】〜出会い〜


2009年7月初旬

 「こんな計画書で事業が成り立つと思っているんですかぁ〜
そんな声が聞こえてくる・・・・

ここは越谷市のハローワークに併設されている、中小企業向けの相談窓口。

会社の設立登記から資金調達の全てを自力でこなす事になった私は、市の商工会から紹介を受け越谷市が運営している「二番館」という施設に、創業相談に来ていた。
ここには、市から委託を受けた経営コンサルタントや税理士先生が交代で駐在し、中小企業向けの経営指導や創業相談に無料で乗ってくれている。

商工会の方から、創業相談にピッタリの先生が来られるという日程を伺い 予約を入れて訪れていた。

私の前に相談されていた方が出てきた・・・ ちょ〜うなだれてる・・・ まあこれも親身になってくれているからこその・・・ でも俺大丈夫かな

恐る恐る室内へ・・・

時間をかけて慎重に作成した「事業計画書」に目を通していただく。


あれ?怒らないの??

先生・・・「ここまでしっかり計画が練られていれば まずは大丈夫、あとはこれを実行するべく頑張るだけだネ」

私・・・「はい」 (この後突然怒り出すのか

先生・・・「あとは資金調達だけど、この額面でこの計画なら問題無いから 登記終わったらすぐに日本政策金融公庫に申し込みに行きなさい」

私・・・「はい」(超安堵)

この後1時間以上に渡って相談に乗っていただき、無事今後の段取りを理解した。

この時出会った先生、今では当社の税務顧問をお願いしている とても信頼のおける税理士先生である。(時には怒られる



時を同じくして、悩みのタネであった内装工事・・・

スポンサーの離脱によって全てが白紙になった事で、テナントは既に決めていたものの店舗内装を具体的にどうするのか、全然決まっていなかった。

そんな時、かねてから相談に乗って頂いていた【JELADO】後藤代表から、【HIGH-LIGHT】の菊池さんを御紹介いただく。
【HIGH-LIGHT】菊池さんといえば、高円寺で一世を風靡したアノ【HIGH-LIGHT】の代表だ。
現在は代官山に店舗を構え、アンティークファニュチャーや店舗内装のプロデュース等を行っている。JELADOのショールームも【HIGH-LIGHT】さんの手によるもの。

前々からJELADOのショールームは拝見させていただいており、醸しだす世界観に魅力を感じていた。

2009年7月中旬

HIGH-LIGHT店舗にて初打ち合わせ。

内装関係の仕事が重なっているのと同時に、8月末にはアメリカへ買付に行かなければならないという事で、この時点でMushmansの内装も手掛けるのは非常に困難だという事であった・・・。

しかし、ここで菊池さん「やれるだけの事はやってみましょうか・・・そのかわり、藤田さん自身もガンガン作業していただきますよ」

「全然オッケーです、宜しくお願いします!!」
※私自身もガンガン作業するという事に対して、軽々しく「オッケーです」と言ってのけた私であるが、後に その恐ろしさを痛感する事となる※

こうして、内装工事に関しても進み始めた。






人と人の繋がりというのは、いつも唐突であり素敵なものである。
人が引き合わせてくれた出会いを、有意義な現象に出来るか否かは、自分自身の行いで決まる。
だから一つ一つの出会いという現象は、とても大切に扱わなければならない。

自分にとって、そしてその廻りのみんなの為に。






私が想いを込めて書いた「お絵かき」が、今のMushmans店内の基となった。

小学生レベルの設計図だ・・・


普通の内装業者に依頼していたら、この世界観は表現出来なかったであろう。

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Making Mushmans 【第一章】 〜全てが始まる〜

 皆様こんにちは
夏は満喫されましたか〜 そろそろ9月も間近に迫り、段々秋の香りが届いて来そうな今日この頃 暴力的な暑さはまだまだ続きそうですが、何となく夏が帰って行くようなそんな気がしてなりません。

さて、8月も折り返し9月となりますと、我が「Mushmans」もオープンから一年を数えます。
ちょうど一年前の今頃、内装工事も大詰めを迎え9月5日という期限に間に合うのか否かドタバタとしていたのを思い出します。 ここ数年よく感じる事ですが、一年というのは本当に一瞬で過ぎ去ります。

という事で、タイトルにもあります「Making Mushmans/メイキング マッシュマンズ」を本日より9月5日までに渡ってお送りしようかと思っております。

これは、我々がMushmansを立ち上げた軌跡を皆様に御覧頂きたいという気持ちと、これからショップを開業したいと考えている方への参考にという思い。そして いつまでも初心を忘れずにMushmansをこれからも永く営業して行く為の、未来の自分自身に対する「エール」として綴らせて頂きたいと思っております。
入荷情報等がございます日は、入荷情報ももちろんアップいたしますので 御覧になって下さいませ。






それでは・・・
Making Mushmans 【第一章】 〜全てが始まる〜 
御覧下さい。



2009年3月末

自問自答の末、決断した。
前職である会社に退職願を提出。

この会社に一生属するのもアリなのかな?と思っていたのも事実であったが、小売業としての有り方に疑問が生じ、それが爆発しそうであったのも事実。
人生何があるか解らないもので、そんなモヤモヤしていた時期にスポンサーが現れたのだ。

決まったからには、出来る限り迅速に動いた。

10代からの夢であった・・・自分の店を経営する喜び。
それが例え雇われの経営者であっても、何ら変わらない。

事業計画の作成から出店場所のリサーチ、前職で鍛えられた為に比較的スムーズに事は進んで行く。 この時本当に前職の偉大さを感じ、上司また先輩には感謝の念でいっぱいであった。今でも誇りに思うし、大好きな企業だ。

2009年4月末日

前職を退社


2009年6月下旬

ところが・・・人生そう上手くはいかない・・・

米国におけるリーマンショック以降、冷え込む経済。

スポンサーが離脱した。

企業として当然の決断であったと思うし、当人としても苦渋の決断だったと思う。
今は「懸け」をする時期では無いと考えるのは、至極一般的である。

しかし、その時感じた「絶望感」は私の思考をストップさせ何をすれば良いのか解らなくなった。

そんな時・・・これまた人生、何が起こるか解らない・・・

たまたま私の祖父が住む家に用事があり、何の話題だったかも覚えていないのだが話をしていた時だった。 私は自分の置かれた現状について、何一つ祖父には喋っていない中 発された言葉。

「何事も諦めちゃったら終わりなんだよ、やると決めた事は何があってもやり通さなきゃな。」

そんな事を言った事すら、当人(祖父)は覚えて無いかもしれない。

しかし、この言葉が私の心に火を入れた。


ここで諦める事は出来た。

しかし、ここで諦める事は私にとって「無し」だった。
一生後悔する事になる。
だったら、己の出来る限りの事をやり抜き。
手を差し伸べてくれる人たちの手を存分に借りよう。

後でその恩は存分に返せる。
返さなければならない。


左の人物が90歳を超える我が祖父。
今でも冬にはL-2Bを着こなし散歩に出かける。
その服がどんな物なのかを知っていても、カッコイイと言える祖父。

戦後間もなく起業した、人生そして経営者としての大先輩。

私の偉大なる祖父の一言が、私のエンジンを始動させた。

    
       全ては始まり、そして走りだした。


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