Made by W.P.A. SEWING ROOMS, NOT TO BE SOLD
☆WAREHOUSEよりプルオーバーフランネルシャツの入荷です☆
W.P.Aアイテムのリプロダクツ、ウエアハウスらしい一着を楽しみください。
皆様こんにちは!!MUSHMANS代表の藤田です!!
今シーズンに関しても、様々なアイテムの入荷が遅延気味となっております。。
資材の関係であったり、工場のキャパの問題であったりと、各メーカーとても苦慮している状況。
需要と供給がマッチしていないなぁ、と感じるものの、だからと言って世間の景気がとても良いのか?と言うとそうでもないように見受けられ、今までに感じた事の無い何とも言えない雰囲気の年末となっておりますね。
兎に角、憂いているだけでなく、今自分に出来る事をしっかりやって、社会に貢献して行かないといけないな。と、様々な方向性で今後の展開を考える時間を設けなくてはならないと感じる今日この頃でございます。
世界的にも貧富の差が拡大し、資本主義的に豊かな国では無くなっている日本の今。(精神的な部分は豊かであると信じたい)
何かちょっとした事で、恐慌状態が生じかねない現世相に、何らかの意味を感じてしまうアイテムが入荷いたしました。

WAREHOUSE/ウエアハウス
1930'S WPA ONE POCKET PULLOVER SHIRTS
[3063]
RED/GREEN
1930年代アメリカ、WPAの大規模なプロジェクトの中で、労働に従事するブルーカラーのワークウエアが製造されました。
本作においては、そのWPAプログラム『SEWING ROOM』と呼ばれる縫製室で作り出されたワークウエアのディテールを、実物を元に再現し、ウエアハウスによってリプロダクツされたアイテム。
ストーリー性を持ったこのアイテム、ここは少し長くなりますが、WPAについてのご説明から進めて行きたいと思います。
WPAとは何か?
WPA(Works Progress Administration/後に Work Projects Administration)は、1930年代に巻き起こった世界恐慌に対応するべく立ち上げた、フランクリン・ローズヴェルト大統領のニューディール政策の柱の一つとして、1935年に発足した失業対策機関です。
アメリカ全土の道路・橋・公園・公共建築などのインフラ整備だけでなく、芸術・教育・文化事業など様々な公共事業を通じて、数百万人の失業者に仕事を与えました。
その中で、男性が主に土木系のプロジェクトに動員されたのに対し、女性の就労機会をつくるために設けられたのが「Sewing Room(裁縫室)プロジェクト」。
Sewing Roomプロジェクトの開始と目的
歴史研究によると、WPAのSewing Roomプロジェクトは1935年11月1日から正式にスタートしたとされています。
その目的は大きく3つ:
1.購買力を持たない貧困層向けに、衣類や寝具などの生活必需品を供給すること
私企業と競合しない「非競争的な市場」に向けた物資供給に徹するという建前でした。
2.未熟練女性に仕事と収入を与えること
当時のアメリカでは、単身女性、寡婦、夫が病気や失踪中の女性など、多くの女性が家族を支える立場にありました。
WPAでは約50万人の女性を雇用し、そのうちおよそ29.5万人が裁縫プロジェクトに従事し、約3億点もの衣類・寝具を生産したとされています。
3.裁縫・家政スキルを身につけさせ、将来的な民間雇用につなげること
布地の扱い方やミシンの使用、型紙作成など、当時の縫製産業で必要とされる技術が教えられました。
仕事現場としてのSewing Room
Sewing Roomは、市庁舎の一角、学校の空き教室、倉庫ビルなどを利用して設置されることが多く、アメリカ中の都市や町に広がりました。
多くは女性のみの職場で、ミシンや裁断台が並ぶ大部屋で作業していたと言われております。
地域によっては人種分離政策の影響を受け、「白人専用のSewing Room」「黒人女性用のSewing Room」などに分けられていた例もあるようです。
賃金は、当時の男性向けWPA事業よりも低く抑えられており、南部では民間縫製業の賃金を押し上げないよう、業界側の圧力でWPA縫製賃金を民間より低く設定させたケースもありました。
とはいえ、大恐慌で仕事が全くない状況だった女性たちにとって、低賃金でも安定した公的雇用だったことは間違いありません。
社会的なインパクトと評価、終焉
Sewing Roomは、WPAの「女性部門」の中核であり、ニューディール政策期における最大規模の女性雇用プロジェクトとされています。
縫製品は、生活保護を受けている家庭や、病院、孤児院、学校などに無償配布され、福祉政策の一部としても機能しました。
一方で、政府主導の縫製品供給に対して、既存のアパレル企業・縫製産業は強く反発しました。
「政府の商品が民間市場を脅かすのではないか」「安い公的賃金で縫製労働を行うのは、市場を歪めるのではないか」といった批判があったと言われております。
1937年には、フロリダ州タンパのイーボー・シティにあるWPA Sewing Roomで、賃金や労働条件を巡って女性労働者による「座り込みストライキ(sit-down strike)」も発生しています。
これに象徴されるように、Sewing Roomは「公的福祉」と「女性労働」「労働運動」が交差する場でもあったと言えるでしょう。
1940年代に入り第二次世界大戦が始まると、WPAのSewing Roomも徐々に軍需生産の支援にシフトしていきます。
旧軍服のリフォーム、テント、毛布、ナップサックなど軍備品の修繕・製造がメインとなります。
やがてアメリカ経済は戦時景気で回復し、失業率が下がるとともに、WPA全体が1943年に終了、それに伴い、Sewing Roomプロジェクトも各地で終了していきました。


縫製室のあった州では各州で、裁縫師たちは自分の仕事に大きな誇りを持ち「W.P.A.」のイニシャルは「We Patch Anything」(なんでも縫う)の略であると宣言した程でした。
時には軍隊の衣料を修理し、アレンジして新しい衣服を作り、それらは「WPA」の労働者が着用しておりました。
そんな「WPA」の衣料は、デザインと縫製仕様が実に興味深く、デザインのベースはミリタリーワークウエアで、多くのアレンジが施されていることで、ヴィンテージ市場でも洋服の歴史を辿る資料として人気を博しております。
さらに、アパレルビジネスとは一線を画すそれらは、一種の独特な存在感を放ち、WPA発足から90年が経過した今では、斬新なアイテムであると感じる部分が多々あります。


縫製仕様の特徴は「SEWING ROOM」の名の通り、当時ワークウエアで主流だった「還縫い」ではなく「本縫い」が多用されていること。
急ごしらえで設けられた施設で作られたアイテムであるからとも言えるが、大量生産期の仕様とは一線を画し、いなたいながらも存在感を感じるのが魅力と言えるでしょう。
WPAラベルも完全再現されており、こういった細かい所も魅力のひとつです。

プルーバー仕様のワークシャツ、取り付けられるボタンも通常より二廻りほど大きく、簡易的なディテールの中にも強度を優先した事がうかがえます。

カワイイ感じのポケットも良いですね。
コバのキワを細かく縫製する等、30年代の大量生産時代ではない仕様の数々をお楽しみください。
↑RED生地 表面

↑RED生地 裏面

↑GREEN生地 表面

↑GREEN生地 裏面
何と言っても、今作においてのポイントはこのコットンフランネル生地と言えるでしょう。
これに関してはWPA縫製時のそれとは異なり、相当に拘り抜かれたファブリックを使用しております。
発色といい、生地の質感といい、全てにおいて高級感を持ったフランネルファブリックが奢られ、この生地感に一発でやられました。
本当に、肌触りも良く、最高のフランネルファブリックが使われております。

どっちの色にしようかな~?と、撮影しながら思案しておりましたところ、にいなさんが珍しくやってきて、写真に写り込みました。
ので、両方購入する事に決めました(笑)? 結局どっちも欲しかっただけの話です。

それでは着用感を御覧ください。
画像の人物は、RED・サイズ38(M)を着用しております。
こちらの製品はノンウォッシュでの販売ですが、身幅はそれほど縮みはございません。
着丈に関しては4cm位縮みましたので、ちょうど良い着丈になりましたね。
両色とも購入し、早速洗いをかけたので、実証済でございます。
プルオーバーならではのシルエットが魅力ですね。
襟の形状も独特で、裾もフラットですのでコーディネートがし易い一着。

こちらはGREEN・38(M)を着用しております。
同ディテール、同デザインの色違いなのですが、この色が異なるだけでかなり雰囲気が変わりますね。
両方買ってみて思いましたが、これはどっちも買って良かったな。と。
着心地も頗る良いので、これからの時期に重宝しそうです。

WAREHOUSE/ウエアハウス
1930'S WPA ONE POCKET PULLOVER SHIRTS
[3063]
RED/GREEN
ストーリーを感じる一着。
この秋冬のコーディネートに取り入れてみてくださいね。


