【DENIME/ドゥニーム】復活第二弾!入荷しました!

 皆様こんにちは!!MUSHMANS代表の藤田です!!

 

以前から予定していた肩部の手術の関係で、先週は月曜日〜木曜日まで入院しておりました。

本当は金曜日まで入院の予定でしたが、内部が健康な身からすると非常に辛く、一日でも早く退院したかった為一日早く切り上げて帰って参りました(笑)

改めてこうやって入院してみると、やはり健康である事の大切さを感じます。

まだまだやりたい事が山ほどありますが、決して若いという年齢でもありません。

日々健康には気をつけて、新たなチャレンジが出来る状態を維持したいものでございます。

 

さて、本日はようやく入荷して参りました話題作の御紹介!

 

今年の3月にDENIME/ドゥニーム復活の第一弾としてLot.220Aを御紹介いたしましたところ、やはり大変な反響をいただきまして一瞬でSOLD OUTとなりました。

続いて"Big E"モデルのLot.221の入荷予定がありましたが、レングス30インチタイプは遅れる事5ヵ月の時を経てようやく入荷して参りました!!

 

 

まずは初めて御覧になる方の為に、今回のDENIME復活に関して御説明いたします。

 

90年代に日本のファッションシーンを席巻したDENIME(ドゥニーム)が、WAREHOUSE(ウエアハウス)の技術によってアップデートされ、純国産デニム生誕50周年となる2023年、再始動する事となりました。

 

1988年のブランド立ち上げから、2度に渡る商標権の譲渡によりブランド名だけが残り、設立当初のコアなファンが離れていたブランド【DENIME/ドゥニーム】。

ヴィンテージブームからレプリカブームを経験した方であれば、DENIMEを穿いた事がある方が多いと思いますし、穿いた事が無くてもブランド名は知っているという方が殆どなのではないでしょうか?

かく言う私もその一人で、今回のDENIME再スタートには驚きと歓びを感じました。

 

これがWAREHOUSE(ウエアハウス)によって再構築されるとなれば、期待せずにはいられない。

 

それでは、以下WAREHOUSEからリリースされているテキストから引用し、今回のDENIMEブランド再構築に対する詳細を御覧いただきましょう。↓

 

"DENIMEを再現する"ということから始まった。

 まだヴィンテージジーンズという言葉が耳慣れなかった1980年代、アメリカは技術革新による大量生産が加速し、自国でのモノづくりから海外生産へと移行した時代だった。

その大量生産の流れはデニムにも普及。

アメリカ国内での生産は継続されたが、1983年には広い幅のデニム織機の稼働が始まり、その早さから「革新織機」と呼ばれるほどだった。

その結果、ジーンズの脇にあった「セルビッジ」は消滅したのである。

 

 一方で、ヨーロッパの自由な発想のジーンズが隆起した反動もあり、日本では旧きよきアメリカのオーセンティックなジーンズが見直されようとしていた。

そうした中、1988年に誕生したのが「DENIME/ドゥニーム」である。

セルビッジの消滅からわずか5年程で、日本でのセルビッジデニムを再現してみせたのだ。

当時は綿花を育てる為に肥沃な土壌が必要なように、日本にはセルビッジデニムを作る環境がまだ残っていた。

DENIME設立時のデザイナー林芳亨氏は、著書『日本のジーパン』でこのように語っている。

「クラボウがデニムにする糸を紡績して、それをクラボウ経由で広島・福山の藍染の老舗、坂本デニムでインディゴ染めする。そこで『試色』というのを作ってもらい、織る前に糸に付ける糊もXXと同じようにカチカチにしてもらった。」

こうして最初の"コシがあってザラつきの強い"デニムは誕生した。

当時の現場の方々の試行錯誤と、時代に逆行する作業への苦労が大変なものであったのは、容易に想像できる。

面白いのが、創業当初のDENIMEは、実はヴィンテージジーンズの完全再現を目指していたのではなかったことだ。

「ベーシックで、長く穿くことで良い色落ちになる」。

そんな高品質のデニムを求めた時、指標にしたのがLevis 501XXだったというだけなのである。

誤解を恐れずにいうと、当時のDENIMEのデニムは、ヴィンテージデニムを超えていたのではないだろうか。

セルビッジデニムの生産がストップして5年、そのほんの10年前には66モデルが作られていた時代に、かつてアメリカで作られていたデニム生地を、より良いものにやろうとした日本人の探求心は、とてつもなく深い。

事実、当時のレシピを紐解くと、ヴィンテージデニムにはない細かい部分に様々な工夫がなされているのが分かる。

 

 クラボウとの開発により、DENIMEが最初に作ったデニムを再現するところから、新生DENIMEは始まる。

組み立てはウエアハウス。

19世紀からのジーンズの変遷を探求し続けるウエアハウスが、最もDENIMEであると思う仕様で作り上げる。

 

つまり「DENIME=日本のジーンズの原点」という概念で、ウエアハウスが徹底再現するのだ。

限りなきディテールの追求を使命として・・・。

 

 

DENIME創業前、生地の開発段階で実はヴィンテージの501XXデニムを文字通り紐解き解析したという。

今となってはそういった行為のみを"宣伝のウリ文句"として使うブランドがあるが、当時のDENIMEのアプローチはこれらとは異なる。

ヴィンテージの501XXを分解し解析した結果、使用されていた糸は経糸7番×緯糸7番という数値が分かり、それをもとにデニムを織ったのだが、当時の認識ではそのデニムでは薄いと判断し、結果的に経糸6番×緯糸6番にしたというのだ。

1980年代だった当時のヴィンテージジーンズへの認識は、現在と全く違うものだった。

その上、アメリカのデニムよりも高品質を目指したことで、より生地を厚くしたいという考えのもと、6番×6番という組み合わせが最適と判断したわけである。

この時点で、ヴィンテージジーンズの再現を目指すという立場からは異なるスタンスであったことがわかる。

こうしてアメリカコットンを100%使い、日本国内で縫製した最初のDENIMEジーンズは完成した。

そして、それは所謂ヘヴィーオンスデニムの"はしり"となったのである。

 

『日本のジーンズの原点』を再現する。

これを実現できるのは、ウエアハウスだけだろう。

 

 

DENIME/ドゥニーム

Lot.221

[BIG E MODEL]

 

裾にかけて綺麗に細くなるシルエットは、1960年代、ジーンズがカジュアルウェアとして脚光を浴びた時代に生まれたもの。

そんなベーシックで普遍的なシルエットがこのBIG Eモデルと言えるでしょう。

所謂ジーパンとして我々が最初期に触れたのが、このシルエットなのかもしれません。

 

BIG E MODELらしい紙パッチ。

 

 

 

 

 

ピスネーム、ボタン。

縫製糸に至るまで、創業当時のDENIMEを再現しております。

 

 

今回、BIG E MODELという事で、当店にご用意いたしましたサイズはL30(レングス30インチ)でご用意しました。

日本人の平均的な身長〜179cm位までの方ですと、レングス32インチも必要無かったりします。

特にBIG E MODELはXX MODELと比べて、テーパードが効いているのが特徴という事もあり、あまり盛大に裾を切ってしまいますと本来のシルエットが出なくなってしまいます。

XX MODELでは膝下からストレートなのでそれほど切っても気にならないのですが、BIG E だと気になるかな?

という事で、身長が185cm以上ある方ですと、ちょっとレングス足りないかもしれませんので御注意下さい。

 

 

着用してみましょう。

ああ、イイねやっぱり。

安心感があるというか、これぞ王道というか。

昨今では大戦モデルやそれ以前のモデルだったりと、様々な年代のシルエットが楽しめる反面、往年の定番的シルエットに触れなくなってきている感もありました。

久しぶりに紙パッチのBIG E MODELを穿いてみると、原点回帰出来る感じがしてなりませんね。

 

 

DENIME/ドゥニーム

Lot.221

[BIG E MODEL]

 

今回の入荷も非常に少量でございます。

 

是非、この機会をお見逃し無く!!

 

 

 

 

 

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