ALOHA 2021 part5 by 葛飾北斎 "富士越龍図"
皆様こんにちは!!MUSHMANS代表の藤田です!!
季節は未だ夏を迎えておりませんが、既に今年の秋冬企画の調整真っ只中。
さらに言えば、来年の秋冬企画まで調整に入っていたりと、自分がどの時間軸を過しているのか解らなくなってしまったりする今日この頃でございます。
と同時に、今年の夏は(も?)どこか旅に出たいなぁ~、とか。
ここのところ時間を見つけては故・田中邦衛氏を偲んで『北の国から』を全話見直してみたりして、やっぱ北海道に行きたいなぁ。とか思ってみたりしております。
今までバイクでしか巡った事の無い北海道、これをクルマで巡ってみたら、また違った景色が見られるんじゃないだろうか?と、寝る直前に妄想してみるのが最近の楽しみだったりします。
どうしてもバイクで巡ると、操縦する楽しみの方に偏ってしまいますから、クルマでの旅は絶対アリだなって思います。
そんな事を考えていると、昨今のクルマ問題に頭が行ってしまい、やっぱり乗り換えるべきなのか否か?の自問自答(笑)
今までの経験からすると、そんな長距離を走ったら絶対壊れますから、本当に悩ましい事でございます・・・。
まあいいや、考えても仕方ないので一旦忘れましょう。
という事で、昨日に続くSUN SURF『日本の意匠』シリーズ。
本日は葛飾北斎による"富士越龍図"をご紹介いたします↓

本作は晩年の葛飾北斎によって描かれた"富士越龍図"をハワイアンシャツに用いた一着。

晩年の北斎には、掛け軸に龍を描いた作品が多く見受けられる。
龍は聖獣であり邪気を払う縁起物として好まれていたことから、当時は正月用の作品として多くの依頼が舞い込み、黒雲を呼び富士を越えて昇天するこの作品は晩年の北斎自身の心境の投影とされている。
本作は外隈(そとぐま)を用いて巧みな筆致で描かれた北斎の代表的な肉筆画のひとつ。

墨画(ぼくが)とは、墨で描く絵画の様式。
線の描写だけでなく面的に墨を使ってぼかしを用いることで、墨で描く絵画の様式。
濃淡・明暗を表現する点が特徴である。
このアロハシャツは北斎の作品に倣い、捺染の際に「墨」顔料を使用して摺り上げられている。
レーヨンファブリックとは思えない、実に奥深い描写を再現しているのも、そのプリント手法によるものなのでしょう。

雲龍図

こちらが"富士越龍図"の全体画像。
嘉永2年1月(嘉永二己酉年正月辰ノ日。1849年)
落款は九十老人卍筆。
死の3ヶ月ほど前、北斎最晩年の作であり、これが絶筆、あるいはそれに極めて近いものと考えられている。
幾何学的山容を見せる白い霊峰・富士の麓を巡り黒雲とともに昇天する龍に自らをなぞらえて、北斎は逝った。
この描写を御覧になって、何を感じますでしょうか?
ハワイアンシャツに描かれているのは、絵の一部"龍"のみであり、迫力と威厳を感じるものでございますが。
全ての絵を見て感じるのは、死へ向かう覚悟とその力強さ、そこに儚さが同居する素晴らしい絵であると感じます。
北斎、己の死を描く。
翁死に臨み、大息し天我をして十年の命を長ふせしめバといひ、暫くして更に謂て曰く、天我をして五年の命を保たしめバ、真正の画工となるを得べしと、言吃りて死す。
死を目前にした(北斎)翁は大きく息をして『天が私の命をあと10年伸ばしてくれたら』と言い、しばらくしてさらに言うことには『天が私の命をあと5年保ってくれたら、私は本当の絵描きになることができるだろう』と言吃って死んだ。
辞世の句
- 悲と魂て ゆくきさんじや 夏の原
「人魂になって夏の野原にでも気晴らしに出かけようか」
と詠んだのだ。


ここまでお読みいただいた皆様は、このシャツがただ威圧的な物では無いという事を感じていただけていると思います。
そういった目で見ると、コーディネートした際の雰囲気も異なったものに感じていただける事でしょう。
美しい墨画をレーヨンファブリックに載せたスペシャルな一着。
北斎の去り際を纏う令和の夏。
画像の人物はサイズMを着用しております。




